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100マス作文:校長先生賞「はやぶさ」

本日の紹介100マス作文は,3年生のS.Aさんの作品「はやぶさ」です。

「 『はやぶさ』

わたしは,はやぶさができませんでした。そして,五年生に教えてもらいました。そしたらこう言われました。

「もっと手をばってんにして。」

と,言われたからやってみたら,二回もできました。わたしは,こう言いました。

「ありがとう。次は,五回めざすよ。」

と言ってから,ほんとうに五回できました。 」

<校長コメント>

なわとびの「はやぶさ」は,小学生にとっては「技」の頂点といってもいいものです。「あや二重とび」ですから,二重跳びにあやとびが重なるものです。これができると,ちょっと「ハナタカ」さんになれます。(*^^)v

五年生のアドバイスが適格ですね。しっぱいした様子をみて,交差する手があまいと見たのでしょう。あや跳びそのものも,手をいかにしっかりと交差させるかがポイントです。そこに二重跳びが重なるとなれば,その分素早さが求められますから。

「 」で会話を入れ,最後に「ほんとうに五回できました。」という喜びの結びまで,構成もしっかりと書けています。「ほんとうに」という言葉に,できてしまった驚きとよろこびがこめられています。「うれしかった」などという表現がなくても,しっかりとよろこびが伝わります。むしろ,「うれしかった」と結ばないことで,その気持ちがより強く伝わってくるものなのです。(^o^)丿

100マス作文:校長先生賞「ドキドキはっぴょうかい,でも,」

1年生,I.Aさんの100マス作文:校長先生賞「ドキドキはっぴょうかい,でも,」という作品です。

「 『ドキドキはっぴょうかい,でも,』

土よう日に,エレクトーンのはっぴょうかいがありました。リハーサルのときから,ドキドキしました。そして,本ばんがきました。本ばんがきたらすごくドキドキするかとおもいました。でも,ぜんぜんドキドキしませんでした。 」

<校長コメント>

担任の先生も題名の工夫を言っていますが,「・・でも,」というタイトルは意表とついています。読む人に「なんだ? この題は? 読みたい!」という気持ちを起こさせます。ちなみに,元祖仮面ライダーの「藤岡弘、」さんは名前に「、」が付いています。理由は「昔の武将は一度”、”を打って決意した。周囲に流されることなく立ち止まり自分を見つめる」という覚悟と、「『我未だ完成せず』との意味を込めて」芸名の最後に「、」を付けたとのこと。「、」にも意味があるわけです。あ! 話がそれました。(-_-)

それにしても,リハーサルの時には「ドキドキ」しているのに,「本ばん」になったら「ぜんぜんドキドキしませんでした。」というのはすごいですね。まさに「本ばんに強い!」というのでしょう。本ばん前に「ドキドキ」を使い果たしてしまったのかもしれませんね。(*^。^*) 担任のコメントに「きっと,気もちよくえんそうできたのでしょう。」とありますが,おおぜいの人に見られることがかえってよかったのかもしれません。スター性があるのでしょう。ドキドキを超えて最高の演奏ができたこと,それがすばらしいですね。

100マス作文:校長先生賞「かぶのはっぱ」

1年生の100マス作文:校長先生賞「かぶのはっぱ」です。書いたのは,I.Aさん。さて,どんな作品でしょう。

「 『かぶのはっぱ』

ぼくは,おうちの中でかぶのところをきって,おさらにおいて水をいれました。なん日かたつとはっぱが出ます。えいようがあるとママがいってました。だけどたべないですてる人もいるそうです。ぼくは,バターいためでたべたいです。 」

<校長コメント>

かぶを切った残りの部分ですね。にんじんでもそうでしょう。さつまいもの切り端もありです。お皿やカップにいれて水を入れて置くと,芽やはっぱが出てきます。家の中で育っていくようすが見えるので,とても楽しいですね。ほんとうに,「なん日か」でニョキッと出てきますので,驚いてしまうほどです。にんじんやさつまいも,だいこんなどは,きちんと栄養を貯め込んでいるわけです。「えいようがある」とママがいう通りです。

そんな切り端をすててしまう人もいます。もったいなですね。I.Aさんは,そんな食材も「ぼくは,バターいためでたべたいです。」と言っています。これは正解ですね。おそらくどんな食材だって,バターいためにすればおいしくいただけるはず。ちょっとしょう油とさしてもいいでしょう。ぜひ,おためしください。(*^^)v

100マス作文:校長先生賞「おでん」

100マス作文:校長先生賞「おでん」。5年生のK.Rさんの作品です。

「 『おでん』

「おでんが食べたい。」と,私は,母に言った。

「わかったよ。」と返事がきてとてもうれしかった。

朝。母が仕事に出かける前に,おでんを,にこんでいってくれた。夜。おばあちゃんが温めてくれた。お皿にもりつけてテーブルに運ぶ。母のおでんはおいしかった。 」

<校長コメント>

「おでん」を通して,家族のつながりが見えてきます。担任のコメントに「読んでいて心が温まりました。」とありますが,ほんとうにそうです。僕の心も温まりました。(*^。^*)

作ってから時間が経った方がおいしくなる料理の代表が「おでん」でしょう。むしろ,時間をおかないとおいしくないのが「おでん」です。「味しみしみ」という状態にならないと本当の食材のおいしさも引き出せません。それが判っているから,朝のうちに煮込んでおいてくれたのですね。

「母」は夜まで仕事なのでしょう。そんな母の姿も作文から見えてきます。温めておいしくなった「おでん」をおばあちゃんといっしょに食べるRさんの満足そうな顔が浮かびます。

作文というのは,文章そのものだけでなく,その中からにじみ出て来る「見えない表現」も含むものです。(^o^)丿

100マス作文:校長先生賞「ひどい自分」

3年生S.Aさんの100マス作文:校長先生賞「ひどい自分」です。さて,どんな作文なのでしょう。

「 『ひどい自分』

わたしは,今朝,雪がふっていたから,ねこをだいて外に出ようとしました。すると,

「だめだよ。ねこは寒がりだから。」

と言われました。けれどもわたしは,

「やあだね。」

と言って外に出ました。そしたら,ねこパンチを五発やられました。その時わたしは,ねこに意地悪していることに気づきました。

五七五 『ねこさんに,いじわるしたら,ねこパンチ』 」

<校長コメント>

日常の会話がそのまま「 」で表現されて,しかもその時の様子が目に浮かぶようです。いやがるねこをむりやり連れて,雪で寒い外に行こうとしたのですから,それはねこだって必死の抵抗パンチだったのでしょう。その出来事が,「起承転結」の基本にしたがって,見事に書かれています。

起:雪の朝,ねこをだいて外に出ようとした。

承:家の人に「だめだよ。」と言われた。

転:「やあだね」と言うことをきかないで,ねこを連れて外に出る。

結:ねこパンチを5発やられてしまう。

「ひどい自分」というタイトルも見事です。本文には出てきませんが,作文全体をあらわすタイトルです。しかも,読む人には「何がひどいのだろう」とわかりません。だから,余計に読みたくさせるタイトルです。

このところ「校長先生賞」を重ねているS.Aさんは,100マス作文の「コツ」をつかんできているようです。(*^。^*) 「校長先生賞」は,あくまでも校長(僕)が,「おお! この作文はいい! やるな!」と判断した作品に対して出されるものですので,連続して「賞」になる子も少なくありません。念のため。(‘◇’)ゞ

100マス作文:校長先生賞「雪が目に入った!」

3年生のS.Mさんの100マス作文,校長先生賞は「雪が目に入った!」です。

「 『雪が目に入った!』

わたしが,おきると,雪がふっていて,びっくりしました。わたしは,いそいで,そとへいくと,家のにわが,まっ白になっていました。上をむくと目に,雪がはいりました。すこしいたかったです。でもそのうちに,雪が口の中にはいり,ごくりとのみこむと水の味がしました。雪を食べたことがなくてすこしのけいけんができたとおもいます。

五七五 『ゆきふってつもればいいなたのしみだ』 」

<校長コメント>

雪が目に入ってしまったり,口に入ってしまったり・・と,いきなり貴重な経験をしたS.Mさんです。(*^。^*) そんな経験から「すこしいたかった」(目),「水の味がしました。」(口)と,しっかりと体感を言葉で表現できています。いろいろな経験をしたとき,自分がどう感じたり,どう思ったりしたのかを言葉として表すことはとても大事です。

これまで「雪を食べたことがなくて」とありますが,初めて味わった経験は「水の味」という気づきです。僕も子どものころ雪がふったときに「粉ジュース」をかけて食べてみました。昔は自分のうちにシロップなどなかったのです。ちょっとかき氷の雰囲気はでましたが,なんだか「おいしくない」と感じました。

よく「雪は目に見えないほどのほこりが中心になって出来ている」と言われますが,それは本当です。これも子どものころですが,雪をコップに入れて溶かしてみました。すると,細かいゴミ(!)らしきものが入っているのがよくわかりました。ぜひ,試してみてください。ですから,雪は真っ白でとても見た目には「きれい!」ですが,たくさん食べることはあまりおすすめできません。(-_-) まあ,大人たちに聞いたらみんなそんなことをやって成長してきたので,少しぐらいの雪をふざけ半分で食べる程度ならば平気でしょう。(‘◇’)ゞ

僕は冬の奥日光や裏磐梯に行って,雪の中をスノーシュー(かんじき)で歩くという「スノートレッキング」という遊びもするのですが,その時に途中でお昼を食べたり,コーヒーを飲んだりします。以前,水を持っていくのを忘れて,雪をコンロで溶かしてお湯にしてコーヒーを飲んだことがあります。紙のフィルターでろ過してコーヒーを作りますから,細かなゴミは取り除けたと思います。(*^^)v 冬山にテントで泊まる人は雪を溶かして水にするのは常識ですね。

雪の中で飲む温かい飲み物や,熱々のカップ麺などは,とてもおいしいです。(*^^)v

100マス作文:校長先生賞「長なわ」

6年生I.Mさんの100マス作文。タイトルは「長なわ」です。

「 『長なわ』

きのうの中休みに長なわ連続とびをやりました。私は,なわを回す担当をしています。しかし,なわを回すのは楽ではありません。私はなわを回すとき,みんなのとぶ足を見ています。みんなは,とぶタイミングが同じではありません。みんながとぶタイミングをつかんでなわを回してあげたいと思います。 」

<校長コメント>

Mさんが書いているとおりです。長なわの連続とびというのは,とぶ人の実力もさることながら,実は「なわ担当」がカギを握るという面もあるのです。よく「とぶのが苦手」という人がなわ担当になる場合があるのですが,それでは記録が伸びないのです。どうしてかというと,なわ担当の子が,とぶ人たちのタイミングをつかんでいないからです。つまり,Mさんが「みんなは,とぶタイミングが同じではありません。」と書いているように,とぶ人のタイミングや癖(くせ)を見抜いて,それにあわせてなわを回してやるという「技」が必要になってくるのです。そのことを,I.Mさんはちゃんと押さえているのです。これが出来る子は,自分でもちゃんと連続とびには入れる子でなければなりません。

Mさんは,なぜ自分が「なわ担当」なのか,をよく理解していて,その理由を作文に的確にまとめています。とてもわかりやすい説明文になっています。

きっと,なわ担当のMさんが「みんなのとぶ足を見ています。」ことに気づいている子は少ないかもしれません。でも,そんなことは気にもかけず,Mさんはしっかりと「とぶ足」を見ながら,見事になわ回しをやっているのでしょうね。(*^^)v

100マス作文:校長先生賞「パパ」

3年生のS.Aさんの100マス作文,校長先生賞は,「パパ」というタイトルです。

「 『パパ』

わたしが夕方,こわいテレビを見ていたら,パパが,

「わあ。」

とおどかしてきました。そしてわたしは,

「ぜんぜんおどろいてないしやめて。」

と言いました。パパは,

「せっかくおどかしてやったのにつまんねえの。」と言ってしん室へ行ってしまいました。

五七五 『 おとうさん おどかすならば ママにして 』 」

<校長コメント>

娘をおどろかすひょうきんな「パパ」と,こわいテレビを見ているのに何だか冷静なS.Aさんの姿が想像できます。「 」で表現された会話も最高です。(*^^)v 楽しい親子の家庭生活が作文の中に浮かんできて,とてもほのぼのとした気持ちになります。「つまんねえの。」と行ってしまった「パパ」ですけれども,きっとまた同じようなひょうきんなことをS.Aさんにするのでしょう。ぜひ,S.Aさんも,ウソでもいいから「パパ」のひょうきんな行動に反応を示してやってください。(*^。^*) そのあとに,「ぜんぜんおどろいてない。」と返してやるわざを覚えましょう。(^o^)丿 ますます,楽しい親子になれます。

五七五もいいですね。この17文字を使って,「おどかすならば ママにして」と,作文のところでは触れなかった内容を,ここに適切に入れています。100マス作文の用紙をとてもうまく使いこなしています。(‘◇’)ゞ

100マス作文:校長先生賞「妹」

3年生のO.Hさんの作品。タイトルは「妹」。さて,どんな内容なのでしょう。

「 『妹』

わたしには,妹がいます。だけどいつもケンカばかりしています。たまになかよしの時もあるので,お父さんとお母さんに,

「なかがいいの,悪いの。」

と聞かれます。でもそれは,わたしにもわかりません。だけどそれでいいと思います。それは,ケンカしたりなかよくしたりというのが姉妹だと思うからです。 」

<校長コメント>

担任のS先生のコメントに「けんかをしたり,なかよくしたり,そうやって人の心はつながっていくのかもしれませんね。」とあります。兄弟,姉妹の場合には,いくらケンカをしても,切っても切れないつながりがありますから,その安心の中で成長していくのでしょうね。

お父さんとお母さんは,きっとわざと「なかがいいの,悪いの」と聞いてくるのでしょうね。姉妹のことはちゃんとわかっているのです。そういう家族のようすも伝わってくる作文になっています。

何よりもO.Hさん自身が,「わたしにも分りません。」と言ったあとで,「だけどそれでいいと思います。」と,しっかりと理解しているところがいいですね。「姉妹」って何だろうという答えをちゃんと知っています。きっと,けんかをしながらも,ちゃんと「姉」としての自覚とわきまえを意識しているのだと思います。(*^^)v

100マス作文:校長先生賞「ねぐせ」

3年生のH.Yさんの100マス作文です。タイトルは「ねぐせ」。

「 『ねぐせ』

ぼくは,毎朝おきるとねぐせがあります。学校に行ったら友だちに,

「ねぐせ,なおして来なよ。」

と言われます。でもぼくは,

「めんどくさいんだもん。」

と言います。次の朝,時間があるときは,ねぐせをなおすようにします。 」

<校長コメント>

まだ小学校3年生ですから,たとえ「ねぐせ」があってもまったく気にしていないのでしょうね。ぴょんとはねている「ねぐせ」を想像すると,とてもゆかいな作文です。しかも,「毎朝おきるとねぐせがあります。」とあるぐらいですから,かなりのものです。(*^^)v

「 」の使い方もとても上手です。会話文がとても生きている作文に仕上がっています。こういうふうに,ふだんの何気ない会話を作文にさらりと使えるというのは,とても大事なことです。

今は「ねぐせ」を気にしないH.Yさんですが,きっともう少ししたら人一倍気にするようになるかもしれません。そのころに,この作文を本人に読ませてあげたい気もします。(*^。^*)