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とつぜん、岡倉天心 (^^)

とつぜん、「岡倉天心」のはなしです。実は、私(校長)が出張の研修会で「岡倉天心」の話をきいて、「ほほほーっ!」と驚いたからです。

茨城県の北茨城市には「茨城県天心記念五浦美術館」があります。美術館名に名前が入るぐらい「岡倉天心」という人はスゴイ人なのです。美術館の近くの岸壁には「六角堂」あります。この「六角堂」は3.11の津波で流され、その後に再建されています。この「六角堂」は、当時、岡倉天心の私財によって造られたものです。

岡倉天心という人は、こういう人です。

彼は、1863年2月14日生まれですから、まだ江戸時代。幕末です。当時はすでに黒船が来ている時代。その黒船が来ていた「横浜」で彼は生まれて育ちました。

彼の家は生糸を商う貿易商で、『石川屋』という店を出していました。生糸の他に砂糖や唐物(これ、舶来の物)を扱っていました。ですから、横浜に来ていた「異人」(欧米人、中国人、インド人などなど)がいつも『石川屋』に出入りしていたわけです。

跡継ぎのことを考えた彼の父は、これからは「英語が話せなくては!」と天心に英語教育をします。先生は宣教師です。天心は子供の時代にすでに英語はペラペラになったそうです。でも、逆に漢字の読み書きが不足したと、お坊さんから「漢文」を習います。これは中国語ですね。

というわけで、岡倉天心というひとは、子供の頃から、英語はペラペラ、漢語(中国語)にもスゴイという、今で言えば「グローバル人間」に育っていたことになります。

彼は、その後、英語力、中国語力を生かして欧米に出たり、中国を巡ったりします。インドも旅しています。それが、「明治時代」ですから、スゴイですね。彼が日本にはじめてつくった美術学校が、今の東京芸術大学の前身になっています。

まあ、「岡倉天心」にはちょっとなれないかもしれませんが、これからの子供たちは、その「グローバル」な感覚が求められるということです。英語に接し、英語でコミュニケーションをとれる‥‥そんな子供たちです。

研修会の講演は、茨城大学教育学部教授・小泉晋弥先生。講演の内容は「岡倉天心と明治のグローバル化時代」とものでした。

今回の話は、ちょっとカタイ話でした(>_<)。すみません。